ニュートリノ!
サイエンスコミュニケーターの高知尾です。
9月8日〜14日にかけて、富山県で宇宙や素粒子の研究に関する最大級の国際会議「TAUP2019」が開催されました。
日本では12年ぶりとなった今回の開催では、世界中から500名を超える研究者が集まり活発な議論が交わされました。(その様子は東京大学宇宙線研究所宇宙素粒子研究施設のホームページ<外部リンク>をご覧ください。)
今回は、TAUP2019で発表されたさまざまな最新結果の中から1つ取り上げてご紹介します。
取り上げるのは、ドイツのカールスルーエで行われているKATRIN(カトリン)実験です。この実験の最終的な目的は、ニュートリノの質量を世界で最初に決定することです。
「ニュートリノの質量」とは?
2015年のノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章博士は、スーパーカミオカンデを使ってニュートリノに質量があることを発見しました。この発見は、それまでニュートリノの質量はゼロだと考えていた研究者らの常識を覆す大発見でした。しかしながら、他の素粒子よりも圧倒的に軽いということはわかっているのですが、ゼロではないなら一体いくつなのか?に対する答えは現在もまだわかっていません。ニュートリノはなんでも突き抜けることから「幽霊粒子」との異名を持っていますが、実はもう一つの異名があります。それは、「宇宙の建築士」です。ニュートリノは宇宙に最も大量にあり、宇宙の最初期から存在していたことから、宇宙が現在の佇まいになるために大きな役割を担ったと考えられています。そんなニュートリノの基本的な性質である「質量」を測定することは素粒子物理学者の重要なトピックです。
これまでの研究で、ニュートリノは2.2eV(※)より軽いということまでがわかっています。
※eV(エレクトロンボルト)は質量の単位で、1eVはなんと1.8×10-36キログラム!
KATRIN実験とは?
KATRIN実験は、この問題に正面から取り組むためにトリチウムという物質から出る電子のエネルギーを精密に測ることを目指したものです。電子とニュートリノが同時に飛び出すことを利用して、電子が極端に速く飛び出した場合のエネルギーを精密に測ることで、取り残されたニュートリノの質量がわかるという仕組みです。
KATRINは設計の上では、ニュートリノの質量が0.3eV以上であれば測定することができるので、これまでの結果を大幅に更新できるとして期待されています。
いざ観測を始める前に、ちょっとした(!?)欧州一周旅行
KATRINは、2006年に検出器を製造場所から観測場所まで運んだのですが、その時の様子が大きく注目されました。ドイツのデッゲンドルフで製作された検出器は同じ国内のカールスルーエまで運ばれる予定だったのですが、検出器が大き過ぎて道路も運河も通れないことが判明しました。
そこで、大きく遠回りをして船でドナウ川を下って黒海へ、そこから地中海、大西洋へ出て、オランダを経て再びドイツ国内に戻ってくる大旅行を計画しました。その総距離なんと8,800kmです。(まっすぐ行けば400km)
旅のクライマックスでは、巨大な検出器が緊急車両に先導されて街中を行脚しました。
街中を運ばれる飛行船...ではなくニュートリノ検出器(Image:Karisruhe/KIT Katrin)
欧州を一周する運搬ルート(素粒子物理学サイト「symmetry」を元に作成。Image:Karisruhe Research Center)
KATRINの初めての結果は?
運搬後の12年間に渡る建設や調整の努力の甲斐あって、KATRINは2018年6月に観測が開始されました。今回のTAUP2019では、約1ヶ月間のデータを用いて初めての結果が公表されました。
今回の結果では、ニュートリノの質量は1.1eVよりも小さいということが報告されました。前回の結果である「2.2eV以下」から2倍改善された値です。KATRINは今後5年間は観測を継続予定で、このままデータを増やしていくことでニュートリノの質量が取りうる最大値を下げて、いずれはニュートリノの本当の質量の値を求めることを目指しています。
TAUP2019では、この他にもさまざまな研究成果が発表されました。
神岡が誇る実験施設の一つである東北大学の「カムランド実験」でも今回、改修後の初めての成果が公表されました。こちらも今後の進展にとても期待できる内容でした。楽しみにしたいと思います。