こんにちは。サイエンスコミュニケーターの高知尾です。
みなさんは、以下のような話を聞いたことがありますか?
「私たちは地球上にいる限り、周囲の岩盤や取り込んだ食物などから常に自然の放射線を浴びている」
または、
「人体のレントゲン写真を撮るとX線を浴びることになる」
あるいは、
「飛行機や宇宙船に乗ると、地上よりも多くの宇宙線を浴びる」
「これらの放射線や宇宙線は、ある程度の量であれば人体に悪い影響は与えない」
けれども、これらはどれも目には見えません。
もし放射線を見ることができれば、より直感的に放射線を理解できる可能性が広がります。
放射線を”見る”方法の一つに「霧箱」があります。
霧箱は1897年にチャールズ・ウィルソンによって発明されました。(この時はまだ放射線の観測が目的ではなく、霧を研究するために作られました。)ウィルソンはこの業績によってノーベル物理学賞を受賞しています。
この霧箱の教育的効果に気が付き、普及させるべく、高性能でかつ学校教育の場などでも使いやすい霧箱を開発し、自らも放射線教育の現場で活躍されている方がいらっしゃいます。
有限会社ラドの戸田一郎さんです。戸田さんの作った霧箱は現在、全国の科学館で活躍しています。
そんな戸田さんの会社がカミオカラボからも車で1時間ほどの富山県にあることを知り、これは会いに行かなければ!と思いお話を伺ってきました。
右側が戸田一郎さん。左側が筆者。中央に置かれているのが卓上型霧箱
突然の訪問だったにも関わらず、とても温かく迎えていただきました。
こちらが、戸田さんが作られた卓上型霧箱です。か、かっこいい…!
戸田式卓上型霧箱(ドライアイス冷却式)
この箱型の装置の下に、ドライアイスを敷き、外周にアルコールを注いで電源を入れると、驚くことに、すぐに白い飛跡が見えてきました。
下の動画で白い線がパッと現れては消える様子をご覧いただけるかと思います。
これが、放射線(アルファ線やベータ線)が通った跡です。
霧箱で見られる自然放射線の飛跡(動画)
かっこいい上に、想像以上のシャープな見え方にゾクゾクしてきました。
飛跡が見える仕組みは、下のイラストのようになっています。
箱の中では、先ほど入れたアルコールが蒸発して気体になっています。箱の上の方では温められて気体として存在していますが、箱の下にはドライアイスを敷いてあるためにどこかで液体になるはずです。しかしながら、アルコールはすぐには液体にはなりません。この状態を「過飽和」状態といいます。
この状態で近くに埃などがあると、それをきっかけにアルコール分子が集まって液体になります。
ここでは、液体になるきっかけになるのがたまに通りかかかる放射線によって作り出されたイオンです。電荷を持った放射線が通るとその道筋にある窒素や酸素の気体分子の電子が弾き飛ばされてイオンになります。このイオンを核として周りのアルコール分子が集まって霧状の飛跡となって見えているのです。
上の動画では、特に外部から放射線をたくさん出す物質(放射線源)を入れていない状態です。つまり、周囲の空気中にこれだけの放射線が自然に飛び交っているということになります。このことを私たちは普段の生活ではあまり意識していません。霧箱を使えば、その自然界の事実をまさに目で見て確かめることができるのです。
また、箱の中に放射線源を意図的に入れるとさらに多くの放射線を見ることができます。
キャンプなどで灯りとして使われるランタンではマントルという発光体が使われます。一部のマントルの中には微量に放射性トリウムが入っています。トリウムが崩壊すると次々と別の放射性原子になっていきますが、その中でラドンガスは気体であるために空気中に広がっていきます。下の動画は、この霧箱の中に広がったラドンガスがさらに壊れていく中でアルファ線などが飛跡を作っている様子です。
たくさんの放射線が花火のように見えますね。
霧箱で見られるラドンガスからの放射線の飛跡(動画)
この他にも、身近にある岩石などから放射線が出る様子や、X線発生装置を用いて弾き飛ばされた電子の観察実験も体験させていただきました。
戸田さんは、富山県の高等学校で物理の教員をされていました。
物理の授業では、アルファ線やベータ線などの用語を黒板に書いて説明していきます。しかしながら、戸田さんは目に見えないものを言葉だけで説明することの限界やその意義へ疑問を持ち始めました。
そして、多くの人に見てもらえるような手軽で高性能な霧箱を自ら開発することを決意されました。アルコールを使う実験環境では、吸いすぎて中毒になってしまったこともあったそうです。
そして、定年退職される少し前に事業化の話があり、現在の会社を作るに至ったそうです。
実は、私が前職で在籍していた東京お台場にある日本科学未来館でも戸田さんが制作された常設型の霧箱が設置されていました。これまで幾度となく、この霧箱を活用して来館される方とお話をしてきましたが、戸田さんの作られる霧箱はどの方向から覗いても放射線の飛跡をはっきりと観測することができるため、複数人でその様子を共有できます。すると来館者との距離が自然と近くなるため、コミュニケーションが非常に取りやすかったことを覚えています。
例えば、宇宙線の一種である「ミューオン」は星が爆発してから1千万年もの時を超えて地球にやってきます。そんな、とてつもなく長い旅をしてきたミューオンが地球に残したわずかな飛跡をその瞬間に身近な人と共有できるなんて、なんともロマンチックではありませんか!
お話の中で戸田さんが語った内容で特に心に残った言葉があります。サイエンスプロデューサーとしても活躍される戸田さんは、子どもたちや一般の人に科学の楽しさを伝えるときには、”レベルの高い実験を面白く見せる”ことが大事だと語りました。自然法則によって生じる現象を実際に体験することは、「本物」として強く印象に残るはずです。私自身の心に残っているものとしては、東京上野の国立科学博物館にある巨大なフーコーの振り子です。地球が自転していることを直感的に示したこの展示は、当時はわかっていなかったと思いますがなんとなくも魅力的なものとして印象に残っています。私もサイエンスコミュニケーターとして、「本物」を見られる機会を作ることを大切にしていきたいと感じました。
さて、今回ご紹介した霧箱ですが、簡易のものであれば自宅でも作ることが可能です。ここでは詳しくは紹介しませんが、市販されている本などを参考に夏休みの自由研究のテーマにしてみては如何でしょうか。
カミオカラボでもゆくゆくは、霧箱を体験できる機会を用意できればと思っています。
ご期待ください。